本当に全て終わった。
病院に運ばれた父と模木さんは一命を取り留めたが、
可也靱帯を損傷していたのと、複雑骨折で、全治3ヶ月の大怪我だった。
大山の意識も回復し、取調べをしたが、覚えていない、
自分じゃないだのの一点張りで難航しそうだ。
そして僕は
普通の学生に戻った。
あれから幾ら竜崎の携帯に連絡しても繋がず、
それでも僕はずっと電話を掛け続けた。
そして事件から1ヵ月後。
見知らぬ番号から電話が掛かってきた。
「誰だ」
極力知らない番号からの電話は出ないつもりなのだが、
なんとなく気になりその番号に出てみた。
「もしもし」
『夜神くんですか』
低くも高くも無い無機質な声音。
僕がずっと聞きたがっていた。
「竜崎!!」
思わず電話口で大きな声を出してしまった。
『五月蝿いですよ。鼓膜が破れてしまいます』
軽く非難されたが、構っていられない。
「だって、幾ら君の携帯に連絡しても一向に繋がらないし、
まさか君から掛かってくるなんて想像もしてなかったから」
『あの事件が終わったので、あの携帯は解約しました』
「そうだったのか」
それは幾ら掛けても繋がらない筈だ。
「で、何かあったのか?」
彼から連絡してくるという事は、何かないと絶対無い事だ。
それも新しい番号でなんて尚更。
案の定竜崎は、はいと答えた。
『夜神くん、今空いていますか?会って話したい事がありますか?』
竜崎の言葉に部屋の時計を見る。
午後9時36分か。
今日のやる事も終わっているし特に用事もない。
「あぁ大丈夫だ。何処に行けばいい?」
『あの屋敷に来て頂けませんか?』
「解ったよ」
『ではお持ちしております』
そういい残し竜崎からの電話は切れた。
自分も電話を切り、外へ行く支度をし始めた。
「母さん、ちょっと友人に会ってくるよ」
居間にいる母に一声かけた。
「解ったわ。早めに帰ってくるのよ」
「ああ、じゃあ行って来ます」
僕は玄関を出て、竜崎が待つあの洋館へ向かった。
あの事件後母の心配症が少し治まった気がする。
多分僕が記憶を取り戻し、それでもこうして
前を変わらずにいるからだろうと思う。
母の心配症はあの事件があったからなんだと今では解る。
「竜崎」
洋館の前で立っている人物を発見し、声をかけた。
「お待ちしていました」
「こんな寒い中外で待っているなんて、どうしたんだ?
それにワタリさんは?」
何時も一緒にいる、優しい顔のご老人を探す。
「ワタリはホテルに居ます」
「ホテルってまさか」
何となく嫌な予感がする。
「えぇ、次の仕事の為に此処を引渡し、今ホテル住まい
なのです。そして明日此処を発ちます。
ですから最後に夜神くんに
言いたい事がありまして、呼びました」
矢張りだ。
こんな予感ばかり当たってしまう。
「そんな明日発つなんて急すぎる。何処に行くつもりなんだ?」
「ロンドンです」
「ロンドン!!」
思い切り海外じゃないか!!
僕は驚き声を上げた。
「夜神くん近所迷惑です。少し声を抑えてください」
少し眉間に皴を寄せた竜崎が僕に注意する。
「御免。でも君がそんな事いうから驚いて」
竜崎が小さく溜息を吐く。
「これから私が言うことに一々そんなリアクションをされては
話したい事も話せません」
チクリと嫌味を言われ、僕は少し腹を立てた。
しかし竜崎の話の方が大事なのでそこはぐっと堪えた。
「御免、気をつけるよ」
「では、前松田さんが私に言いかけた事を覚えていますか?」
松田さんが言い掛けた事?
頭の中で記憶の糸を手繰り寄せる。
「あぁ覚えているよ。確か世界的にも有名なとか
何とか言っていたね」
「では夜神くん、世界の三大探偵と言われている者の名を上げ
てみて下さい」
僕の答えには答えず、竜崎は僕に問題をだしてきた。
「えぇとL、ドヌーヴ、コイル」
自分の答えに衝撃が走った。
コイル!!
そういえば大山は竜崎に向かってコイルと言っていなかったか?
あの後ときは他の事に気を取られて、唯の偽名としか思っていなく
それ以上は深く考えていなかったが…
僕は竜崎を見た。
僕の考えが解ったのだろう、竜崎は正解ですと答えた。
「貴方の今の答えも、考えも正解です。そう私がコイル。
いいえ、今上げられた全ての探偵が私です」
「全てだって?!」
其処までは思っていなかった。
「はい。丁度大山と会っていた時はコイルの名前を使って
いたので、大山はコイルと呼んでいたのです」
「じゃあ松田さんが言っていたのは」
「今回の事件はL宛に連絡が入りました。
其の事はこの事件の関係者なら解っている事なので松田さんが
直ぐ解ったのでしょう」
そんな事を行き成り言われても実感が沸かない。
「急に発つのは依頼が入ってなのか」
「えぇ。まぁその依頼を後回しにして此方の事件を優先させたのですが
先方も業を煮やし始めまして、此方が全て終わりましたので明日発つ事にしました」
「そうなのか…」
そんな多忙で有名な探偵が目の前に居る。
今度この有名な探偵に会えるのは一体何時なんだろうか?
思惟し、断られる事を覚悟で僕は口を開いた
「なぁ竜崎」
「なんんですか?」
「僕も君に付いて行っては駄目かい?」
「駄目です。貴方は未だ学生です。それに親御さんだって居る。
連れていける訳が有りません。諦めて学業に専念して下さい」
案の定断られ、僕は項垂れる。
「じゃあどうしたら今後君に会う事が出来る?
君は世界を飛び回る探偵で、僕は普通の学生だ。
接点だったこの事件も解決してしまい、僕達にはもう接点がない」
僕の言葉に竜崎が思い巡らす。
数秒後夜神くんと名前が呼ばれた。
「なんだい?」
「本当に警察官に成る気はありませんか?」
「君も松田さんみたいな事を言うのか。
それとも警察官になれば又君に会う事が出来るのかい?」
「えぇ。他の職業に就くよりは確率はあります。特に就きたい
職業も見受けられませんし、如何ですか?」
「……考えとくよ」
直ぐ成ると言わなかったのは僕のプライドだ。
その時竜崎の携帯が鳴った。
「失礼」
竜崎はジーンズのポケットから携帯を取り出し、
電話にでた。
話す感じがフランクなのできっと相手はワタリさんなのだろう。
「解った」
そう言い、通話を切った。
「すみません、ワタリから緊急の用事が入ったとの事で
今から迎えに来るそうです」
「そうか…なぁ竜崎」
「なんですか?」
「君とワタリさんは一体どうゆう関係なんだい?」
今度は僕が彼に問うた。
最後なんだ、此れぐらい聞いてもいいだろう。
それに本人だって後程話すって言っていたし。
竜崎は少し慮る。
そして口を開いた。
「ワタリは私が居た施設の創立者でした」
当時を思い出すように語る竜崎の話を、僕は聞き入る。
「ワタリの話によれば、生まれて間もない状態で私は捨てられていたそうです。
私を見つけたワタリは、施設で育てる事にし、私はなに不自由なく施設で
育ちました。けど私を引き取ってくれる里親は居なかったようです。
そんなある日ワタリが何気なく私に知恵の輪を渡してきました。
暇つぶしにと思ったのでしょう。私はそれを数十秒で解き、ワタリに返しました。
その光景を目の当たりしていたワタリは驚きを隠し切れなかったようで、
次々と知恵の輪を渡され、その都度私はそれを物の数秒で解いていきました。
その頃から私の知能指数の高さは並ではなかったようです。
私はワタリに色々と教わりました。数学、語学、は勿論、心理学、医学等多種
多数を学び、それら丸でスポンジのように全て吸収していきました。
大山に出会ったのも大体それぐらいの時期だったと思います。ワタリが気分転換
にチェスでも覚えたらいいと言ったので、新しい遊びを覚えたかった私には調度良かったです。
だがそれも相手を負かす迄になってしまい飽き始めていました。
その時ワタリが言ったのです。探偵にならないかと」
「探偵?幼い君にか?それは唐突だし例え頭が良く切れたとしても
無理じゃないのか。」
そんな無謀な事をよく口にしたものだ。それに一体何故探偵だったのか?
他に色々あるし、それに竜崎が大きくなってからでも済む事じゃないか?
そう、今ぐらいに。
僕の考えが解ったのか、私もそう思いましたと答えた。
「だからワタリに問いかけたのです。何故探偵なのか?
何故今ならなくてはならないのか?」
「そしたら、なんて答えたんだい?」
先が聞きたくて僕は逸る気持ちを抑え切れなかった。
「実はワタリは私が育った施設の他に探偵の育成も兼ね備えた施設の運営もして
いたそうで、そこから出たナンバー1の探偵が急の病で亡くなってしまい、
ワタリは私に白羽の矢を立てたようです」
「じゃあ君はその彼の身代わりなのか?」
「まぁそんなところです」
しらっと答える竜崎に僕は怒鳴りつけた。
「そんな所って!?じゃあ君の人格はどうなるんだ?!顔だってそいつが他の人
見られている可能性だってある。そんなの直ぐにばれてしまうじゃないか。
無謀過ぎる」
そして自分勝手だ。
僕はワタリさんを見損なった。
僕の憤慨に竜崎は自分の事なのに淡々と続きを語る。
「仕方がなかった事なのです。彼は世界の探偵として既に世に知られていましたので、
亡き者には出来なかったのです。それに都合良かったのは、彼は探偵になってから
一度も世に顔を出さなかったのです。全て仲介としてワタリが熟していました。
ですから問題もさほどありませんでした」
「だとしてもだ。君は嬉しかったのか?」
誰かの代わりだったとしても。
竜崎はえぇと何時もと変わらぬ調子で答えた。
「私の力が認められたのですから嬉しい事です。それに退屈でしたから」
「退屈?」
こいつも僕と同じ気持ちを味わったのか。そしてこれが、竜崎が探偵になった理由。
「はい。これといって代わり映えのしない日常、単調に過ぎ行く日々に私は辟易
していました。その中で私は探偵という楽しみを得られたのです。それも一時で
はなく死ぬまでなのですから、例えそれが誰かの代わりだとしても」
「そうか…」
確かに彼はこの職業に向いていると思う。
多少強引なとこがあったとしても、それは事件を解決したいからだし、
第三者の視点にも立てる。頭の回転も早い。この才能に気付き、
この道に導いたワタリさんの人選も最適だ。
僕は口をつぐんだ。
竜崎は思い出すように言葉を繋ぐ。
「そして始めての事件で貴方に会いました」
「僕に?」
覚えていない。
だとしたら催眠をかけられた時か?
驚く僕に竜崎は、ええと答えた。
「最初に大山が捕まった時、貴方を助けたのは私です。
貴方は気を失っていたみたいですが」
「あっ」
誰かの腕の中で気を失った記憶はある。甘い甘い匂い。
僕と一回りぐらいしか大きくない体躯。あれは目の前の彼だったのか。
「始めて担当した事件でしたし、貴方の事も、大山の事もあり、私は
意地でも捕まえたかった。そして顔を出したのはこの事件のみです」
「そうなのかい?」
「そうです」
てっきり色んな事件に顔を出しているのかと思っていた。
驚く僕に竜崎は少し眉を寄せる。
「私は人前に出るのが恐い人です。何かあってからだと遅い。
易々と顔等出しません。ですから仲介役兼身の回りの世話役としてワタリを置いているのです」
「確かにそうだよね」
世界の名探偵だ。わざわざ顔を出し、命を危険に曝すのも馬鹿な話だ。
その時竜崎の後ろから車のライトが照らす。見覚えのある車。ワタリさんの車だ。
「では迎えがきましたので、これで失礼します」
竜崎が僕に一礼すると、車に乗り込む為に助手席へと回った。
僕は未だ君から大事な答えを聞いていない。
「竜崎」
乗り込む寸前の竜崎を呼び止めた。
竜崎が怪訝な顔をして僕を見た。
「なんですか?」
「僕は君が好きだと伝えた。君はどうなんだ?僕をどう思うんだ?」
これ、きっとワタリさんにも聞こえているだろうな、と思うと
恥ずかしくて逃げ出したい気持ちになる。
だが答えを聞けていないんだ、逃げる事も出来ない。
竜崎の視線が上を向き、そして僕を捉え、不敵な笑みを浮かべた。
「その答えは貴方が警察庁に入り、私に会えた時いいましょう」
そう言い残すと竜崎は車に乗り込み、僕の横を擦り抜けて行った。
これで、僕と不思議な探偵の事件が終わった。
気になる答えだけを残して。
あるから10年が起った。
大山の死刑は2年前に可決された。
これだけ延びたのは、大山が黙秘権を酷使し過ぎたからだろう。
父は今警視庁官として働き、相変わらず皆に慕われている 。
粧裕は3年前に結婚した。
その相手が松田さんで家族中驚いた。結婚相手として松田さんが家にきた時の
父のあからさまに不機嫌な顔は今思い出しても少し笑える。
矢張り部下よりも娘が一番の親バカなのだ。
母は相変わらず心配症だ。
僕が6年前に家を出てから1日に1度は必ず母から連絡が入る。
親だから心配するのは仕方がない事なのだが。
そして僕は
「お早うございます、課長」
「お早う」
その後高校を首席で卒業、ストレートで警察学校に入学し、此方も首席で卒業後、
警察庁へ。その後見事にとんとん拍子でエリートコースを進み、今では27歳で
捜査2課の課長を勤めている。
そして。
「久し振りですね。本当に警察に入るなんて思っていませんでしたよ」
憎まれ口を叩くのは相変わらず、ボサボサの髪にくっきりした目の下の隈、
だぼだぼのジーパンに白い長袖のシャツ、そして不健康に迄白い肌。
本当に10年前に会った当時と変わらぬ風貌。
そうアレと勘違いされていた侭の姿。
僕は当時の事を思い出し、少し笑ってしまった。
「何がおかしいのですか?」
眉を寄せ怪訝に尋ねてくる竜崎に笑いながら謝った。
「君が余りにも変わっていなくて、ついね」
「そういう夜神くんも余り変わっていませんよ。変わったとしたら顔付きですかね」
「顔?」
そんな事当時からの友人や家族、松田さんにだって言われた事ない。
意外な言葉に聞き返してしまった。
「えぇ、前に比べ精悍な感じがします。相変わらず格好いいですね」
にやりと笑う竜崎に僕は内心うろたえた。
彼は僕の気持ちを覚えていてそんな事を言うのか?
彼のうろたえた顔がみたく、僕はアノ質問を切り出してみる。
「竜崎、君に言った通り、僕は今警察官だ。君は言ったよね。僕が警察官になり
君にもう一度会えたら、君の気持ちを教えてくれると。
僕の気持ちは当時の侭だ。君が思うよりもこの思いは限りなく深いんだよ。
さぁ竜崎、君は僕をどう思っているんだ?」
僕の質問に視線が外れ、上を向いた。そして僕へと戻す。
10年前を思い出させられる。
口に笑みを湛え、竜崎の口がゆっくりと開く。
「そうですね。私は貴方の事が…」