思い出した。
全て思い出した…。
思い出したくなかった事件。
思い出したくなかった出来事。
その全てを今、思い出した。
「うっぐ」
込み上げる吐き気を抑える為、口を押さえた。
どうにか吐き気は押さえられたが、立っている事が辛くなり、
その場にしゃがみ込んだ。
「大丈夫ですか?顔色も優れていませんが…」
しゃがみ込んだ僕に竜崎が声をかけてきた。
僕はその声に応じるように小さく大丈夫だと答えた。
「嘘はよくありません。取り敢えず椅子に座って体を楽にして下さい」
そう言うと竜崎は僕の腕を自分の肩に乗せ、
支えるようにして椅子迄運んでくれた。
「すまん…竜崎」
椅子迄運んでくれた竜崎に礼を言うといいえ、と冷静な声で答えられた。
これ以上症状を悪化させないように、先の事について考えない事にした。
だが、そう意識すると逆に色々な事柄が思い出され、
再度胃の物が競り上がってきた。
「あっぐぅ…」
「辛いなら、又封じますか」
コトンという音とその言葉重なる。
僕はそれらを発した主を見上げた。
竜崎は暗い暗い漆黒の闇のような瞳で僕を見下ろしていた。
「どう…いう」
言葉を発したいのに、胃の物が邪魔して上手く言えない。
「水です。どうぞ」
僕の問いにはぐらかすように、竜崎は先程持ってきた飲み物を勧めて来た。
「水は後でも」
「水です。早く飲んで下さい」
「……」
水よりも先に竜崎が言った言葉が気になる。
だが、本人はこの水を少しでも飲まない限りは話を進めないつもりだ。
僕は渋々とそれに従った。
コクンと一口飲み下すと、スゥッと食道や胃の辺りが少し落ち着いた。
コップ半分ぐらい飲み下し、もう一度竜崎を見た。
「さぁ僕は君に従った。次は君が僕に従う番だ。
先の言葉について答えてもらう。又封じるとはどういう事なんだ?」
何の感情を見えない黒い瞳を見詰め、問う。
その瞳が閉じられ、変わりに口が開いた。
「当時の記憶を封じたのは私です」
「どういう事だ?」
頭で考えるよりも先に口に出た。
「当時の夜神くんは、救助された後数日間眠り込んでしまいました。
そして、病院のベッドで目を覚ました時発狂しました。
気が触れたかのように叫び、そこら辺のモノを投げつけ、手に負えない状態だったそうです。
しかし発狂は徐々に治まってきました。
が、変わりに極度の対人恐怖症に陥ってしまいました。
当然です。あの時の精神状態が異常だったのですから。
見兼ねた貴方の両親が私に相談してきたのです。
当時の私は少しばかり催眠療法もかじっていたので、応じる事にしました」
竜崎はそこで一旦話を止め、先程一緒に持ってきたのであろう紅茶を一口飲み、
話の続きをし始めた。
「最初は大変でした。部屋に入るなり手当たり次第に物を投げ付けては叫ぶ。
それも行くたびエスカレートしていき大変でした。
ですから私は少し強引を取る事にしました。
当時の貴方も持ち担である看護士に頼みきつめの睡眠剤を
夜神君の点滴に注入させてもらいました。
最初は拒まれました、けど最後は渋々と了承してくれました。
そして深く眠りについている間に催眠をかけさせて貰ったのです」
「……」
「一回の催眠では直ぐに解けてしまうと思い、
数度同じ手でかけさせてもらいました。最後の辺りはそんな小細工無しでも
大丈夫でしたが…。
その時と同時に少し小細工を仕掛けさせて貰いました」
「小細工?」
「ええ。ニュース等では夜神くんの事件も扱っているのです」
「えっ!でも僕は知らないぞ」
取り上げられているとしたら、今回の事件の基として取り上げている筈。
連日ニュースや新聞を見ているけど、そんな記事は一度も見た事がない。
「ですから、小細工したのです。あの犯人の言葉が気になり、
万が一の事があったら困るので、夜神くんには自分に関わる事件については
脳がシャットアウトするように仕込みました。
その変わり、私の言葉で思い出すように細工したのです」
「言葉って…一体」
「《発見》です」
「発見…」
そういえば竜崎がこの言葉を言ってから記憶がフラッシュバック
したような気がする。けど
「そう。私と貴方が此処で会って彼是1ヶ月位起ちます。
その間私は一度もこの言葉は使いませんでした。使う機会は度々有りましたが
容易に使って不用意に思い出され、万が一又発狂でもされては困ります。
それに犯人逮捕も遠ざかってしまう。ですから私は時期を見計らい…」
「なんだよそれ…」
これ以上竜崎の言葉は聞いていられなかった。
彼が欲しかったのは僕の《推理》じゃなく、《記憶》を取り戻した
僕の推理が欲しかったんだ。
「僕は此処数年、君に利用される為に生きてきたのか?
この犯人を捕まえるその為だけに!!
此処で君に会うのも捜査するのも全て君の計算だったという事か?!」
こんな裏切りは生まれて始めてだ。
涙で竜崎を上手く睨む事が出来ない。
睨みつける僕を竜崎は硝子玉のような瞳でひたっと見詰め続けている。
その瞳にはなんの感情も見出せない。
「半分は合っています。けど半分は間違いです」
「なにが違うって言うんだ!!全て本当の事だろ?!」
竜崎の言葉、自身が信じられない。
「此処に仕向けたのは合っています。貴方の力を借りたかったから」
「借りたかったのは力じゃない、記憶だろ!?嘘をつくな」
感情のまま怒鳴りつける僕に竜崎はいいえと否定した。
「力です。貴方の推理力、洞察力は高校生とは思えない位に見事なものです。
ですから是非力を借りたかった。それにもう一度会っておきたかった」
「会ってどうするつもりだったんだよ?あの記憶をちゃんと思い出すのか、
自分の力は今でも発揮されているのか、確認でもしたかったのか」
僕の刺々しい口調にも竜崎は怯まず、ただただ僕を見続けている。
「確かに確認です。だが夜神くんがいう確認とは違います。私が貴方に
会いたかった理由は貴方の成長した姿を見たかったからです」
「……」
睨み続ける僕とそれを見詰め返す竜崎。
竜崎は先から一度も視線を逸らさず僕を見続けている。
竜崎の口が開く。
「あの当時の貴方は本当に見るのも無残な位酷い有様でした。
この侭廃人になってもおかしくない位に…。だから確認しておきたかったのです。
万が一何かの拍子であの当時の記憶を取り戻し、又あの様な状態になって
いないか。それをちゃんとこの瞳で確認しておきたかったのです」
「じゃあなんで思い出させた?それだったら思い出させないで
あの侭にしとけば良かったじゃないか?結局そんなのは建前で
本音は僕を利用する為に自分の監視下に置いて、頃合を見計らって
暗示を解き、僕からその当時の記憶を搾るだけ搾り出して、用がなくなったら
お払い箱にするつもりだったんだろ。君は嘘ばかりつく」
行き成りひゅんと音がした。
同時に頬辺りに鈍い衝撃が走った
どたんという音と共に、今自分は殴られた事を知った。
「っぅ…何するんだッ!!」
殴られた頬を押さえ、相手を睨む。
竜崎の瞳に冷たいものが宿っており、僕はその時になって
彼が本気で激昂している事を知った。
同時に先迄の瞳は、必死に自分の気持ちを押さえつけ
敢えて無感情を装うっていた事も。
「利用する為だけでしたら、態々貴方に自分の体を許す事なんて有り得ません。
少しは自分の感情ばかりではなく、人の心も察して下さい。
私が此処で貴方と再会した時、どれだけ安心したか、どれだけ嬉しかったか
同時にこの時の事を考え、腹を括ったか。貴方は何一つ解っていない。
出来れば思い出させなくなかった。
しかし夜神くんが気付いてないだけであれは何時思い出しても可笑しくない状況だったのです。
ですから、解くのは自分の手でと思っていたのです。それが貴方に対してのせめてもの償いでも
ありますから」
「………」
淡々と語る竜崎。
彼は余り感情を表に出さない。言葉でも言い表そうともしない。
だから誤解を招きよく人と衝突すると、前ワタリさんが言っていた。
そんな彼が珍しく僕に対して多くを語り、彼なりに感情を露わにした。
竜崎が言った事はきっと本心なんだろう。
そう思った途端先までの激昂がなりを潜めていき、
後に残ったのは彼に対する罪悪感だった。
「…御免。言い過ぎた」
するりと口から出たのは彼に対する謝罪の言葉だった。
「いいえ、私の言い方も悪かったです。」
竜崎は手を差し伸べながら言う。
僕はその手を素直に受け取り、起き上がった。
「頬痛みますか?」
視線が頬に注がれ、僕は大丈夫だと答えた。
「腫れてしまっては困りますので、後でワタリに手当てさせます」
「ワタリさんがこの頬の理由を聞いたらきっと驚くね」
僕の言葉にきょとんとした表情を浮かべた竜崎。
その後一瞬罰の悪い顔に変わったのを僕は見逃さなかった。
彼の色んな表情が見たいと僕はこの時心底思った。
「では、思い出した事を言いたくない所は言わなくて結構ですので
少し語って貰えませんか?」
一瞬先の吐き気を思い出し躊躇したが、僕は竜崎を信じ
かいつばみながら語った。
竜崎は静かに僕の話を聞いた。
言い終わり、僕は小さく深呼吸をした。
思ったより気持ちは軽く、おかしな話だが少し清々しい位だ。
一方竜崎は少し考え込むように親指を噛む。
「…これは出来れば言いたくなかったのですが」
珍しく言いよどむ竜崎に、僕は急き立てる。
観念したように深い溜息を一つ吐くと、竜崎は言葉を続けた。
「貴方を誘拐した人物は貴方のお父さんの元部下です」
「父さんの元部下?」
「えぇ、名前は大山希一。元捜査2課。頭の切れるエリートタイプで、
あの当時チェスの日本チャンピオンでした」
「そうだ、彼は何度か優勝した事があるって」
「ですからこの事件は当時大々的取り沙汰され日本中を騒がせたのです」
「そうだったんだ…だから僕の名前も」
「そういう事です。きっと夜神くん本人にはお会いした事はないと思いますが
きっと写真とか、お父さんの話を何度も伺ったりしていたのでしょう」
「……」
父はきっと僕の自慢だけのつもりだった筈なのに
向こうの歪んだ好意を煽る結果に繋がってしまったのだ。
「さて、此処からが問題です。月という字を描いた事から、彼は未だに
夜神くんに多大なる好意を寄せている事が伺えます。それと同時に
私への挑戦も。前回の犯行で13年前の被害者数と同じになり、
きっと彼の次のターゲットは夜神君本人、
若しくは4歳位の男子幼児だと思われます。
これは未然に防がなければなりません」
「そうだね」
僕みたいな子供をこれ以上増やしてはいけない。
「夜神くん、貴方が大山氏なら次はどのように動きますか?」
「君は酷な質問をしてくるね」
「もう手段は選べないとこまできていますので、理不尽だとは思いますが」
「解っているよ。そうだな…竜崎チェスを貸してくれないか?」
「いいですよ」
借りたチェスの駒を徐に並べ、動かした。
きっと彼の頭の中では一番慣れ親しんでいるチェスをイメージしている筈だ。
その手管を教わった僕が一番理解している。
相手のポーンを被害者に見立て駒を進めていく。
きっと彼はこの近くに居る。そして僕や竜崎を嘲笑い、挑発している。
掻い潜り、回り込み、徐々にキングへと近づいていく。
そして次の犯行場所はきっと、あそこに違いない。
ルークを動かしキングを捕らえた。
「チェックメイト。恐らく彼はきっとあの公園の林に近くに居る。
そして次の犯行場所はその林だと思う」
其処は僕が誘拐された場所。
全ての元凶は其処にある。
「矢張りですか」
竜崎は小さく呟いた。
「君も予想はついていたか」
僕の問いにえぇと答えた。
「割合としては5パーセント位ですが、今は15パーセント位に
なりました。」
「何か微妙な数字だな」
苦笑いを浮かべる僕に、そうですかと竜崎は小首を傾げた。
「私としては大きな割合の方なのですが」
真面目に答える竜崎が少し可笑しく僕は小さく笑った。
「だとしても微妙だよ、君は何時もそんな確率で捜査していたのかい?」
「えぇ大体は」
「君はホントおかしな探偵だ」
僕の言葉に少し拗ねた表情を見せる竜崎。
僕は心の底から笑った。
ワタリさんに怪我の治療をしてもらい、僕はこの屋敷を後にしようとした。
何時もように竜崎がワタリさんに車の手配を頼む。
「なぁ竜崎」
内線を切った竜崎は僕を見る。
「なんですか夜神くん」
「アイツのとこに乗り込む時、僕には内緒にしようと思っているだろ」
「………」
黙るという事は肯定の証だ。
僕は大きく溜息をついた。
「確かにこれは君への挑発かもしれない。けど僕にとっても
大事な事件なんだ」
無言の竜崎。
僕はその重圧を押し返すように話を続けた。
「僕だってもう17だ。そう簡単に壊れはしない」
敢えて彼が連れて行きたくない理由を口にした。
お払い箱じゃない、竜崎はアイツの手によって壊れた僕をもう見たくないんだ。
竜崎の気持ちが少しでも垣間見れば察せ得る事だ。
「それに自分の身は自分で守れる」
僕に言葉にそうですねと小さく呟いた。
その時少し寂しげな表情だったのは気の所為か。
「では日時は折り入って此方から報告します」
「あぁ、宜しく頼む。そうだ、この前みたいなワン切りは心配するから止めてくれよ」
「解りました」
竜崎の承諾を取り付け、僕は屋敷を後にした。