校舎を出て、即タクシーを捕まえ目的知を言った。
タクシーの運転手が一瞬厳めしい顔をしたがお構い無しだ。
僕はそんな事よりも竜崎の事が心配で気が気ではなかった。
 
(竜崎、竜崎。何があったていうんだ?どうして繋がらない…)
運転手が話かけてくるが、上の空で一体どんな会話をしたか
覚えてない。
 
「着きましたよ」
タクシーが見慣れた屋敷の前に停まる。僕は急いでお金を支払い
降りた。
後ろで運転手がお釣り、お釣りと叫んでいる。
「いらないです」
大きな声で返すと運転手はそれ以上何も言わなくなり、
その場を後にした。
 
「ワタリさん!ワタリさん!」
ドアを無我夢中で叩く。
ガチャと放たれたドアの向こうに、少し焦った様子でワタリさんが居た。
 
「夜神さん。どうしましたか?」
「竜崎、竜崎居ますか?」
「竜崎は今外出中ですが」
焦る僕とは対照的に落ち着いた様子で受け答えるワタリさん。
その言葉に嫌な予感がする。
「……行き先言って行きましたか?」
「いいえ。今日は珍しい事に私に頼らず何も言わず出掛けてしまいまして」
 
ワタリさんの言葉により不安が加速する。
「すいません…竜崎が帰ってくる迄待たせて貰ってもよろしいですか?」
 
我儘を承知で打診した。
「宜しいですよ。さっ中へ」
何時もと変わらぬ人の良い温厚な顔立ちと温和な態度で
承諾してくれたワタリさんは屋敷の中へ招き入れてくれた。
 
逆に不安に駆られている僕は、落ち着かない気持ちで屋敷内へ入った。
 
 
「ではこの部屋でお持ち下さい。今飲み物をお持ち致します」
「すいません…」
通された部屋は何時もの捜査室兼竜崎の部屋で、
僕は定位置に腰を下ろした。
 
「…竜崎」
溜息と一緒にヤツの名が口から零れた。
 
(おかしい、おかし過ぎる。何故ワタリさんに居場所を伝えず居なくなる?
ヤツが一番信頼して頼っている人の筈なのに…
これは僕の思い過ごしなのか?
いや、そんな事はない…此処数日一緒に居て解ったが、
ヤツは対人に対し変に神経質なとこと潔癖症なとこがある。
それなのにワタリさんとはずっと一緒だ。
おかしい…何がどうなっているんだ?)
 
トントン
悶々とする思考がノックの音で一度遮られた。
 
「失礼します」
穏やかなワタリさんの表情を見たら尖っていた思考が
少し穏やかになった気がした。
 
「此方に失礼します」
コーヒーの香ばしい匂いが鼻腔を擽る。
気分も少し穏やかになってきた。
 
「本当にすみません、我儘を言ってしまって」
その分申し訳ない気持ちが湧き出してきた。
僕の言葉にいいえと首を振る。
「そんな事はないですよ。それにこれは我儘ではありません。
竜崎を心配する心なのですから」
 
改めて第三者の視点でそう言われて、
自分の取り乱し具合がよく解る。
徐々に恥かしくなってきた。
 
俯いて顔が見えないがワタリさんが笑みを浮かべた、そんな気配がした。
 
「夜神さん、竜崎が帰ってくる迄此処にいても宜しいですので。
ごゆっくりどうぞ」
ワタリさんの言葉に顔を上げた。
流石に其処まで図々しく馴れない。
「いいえ、何時帰ってくるのかも解らないのにそんな事出来ません。
1時間待っても帰って来なければ帰ります」
僕に言葉に又首を振った。
「長居して頂いても構いません。それにそうした方が夜神さん
も落ち着くでしょう」
確かにその通りだ。
本当に1時間しても帰宅せず悶々とした気持ちで帰るよりも
本人に直接会って何処にいたのか?
何故電話をしたのか?問質したい。
 
「……本当にいいんですか?」
色々考えた末ワタリさんの言葉に乗ることにした。
ワタリさんは先程と変わらぬ笑みを浮かべ、勿論ですと答えた。
 
「ではごゆっくり」
そう言って部屋を出て行った。
 
ワタリさんが消えた室内。
コーヒーを一口飲む。
頭が少しずつクリアになっていく、そんな気がする。
僕は先迄考えたいた事をもう一度頭の中で再構築させ始めた。
 
色々と思考が行きかう中、あるものが目に入った。
それは薄汚れたチェス盤と駒。
僕はそれを手に取り少し動かした。
 
「……そして此処でキングを」
キングの駒を触った時、他の駒に比べ傷付いている事に気付いた。
 
キングはとても大切な駒で中核を担う。
 
チェスは少し捜査に似ている。
相手の出方を予想し、どうやって相手のキングを取るか?
その為にはどうやって攻め込んでいくか?
そのリスクは自分にどれだけ大きいのか?
 
このキングを進める時果たして竜崎はどんな気持ちで進めていたのだろう。
 
この年期が入ったこの駒達を…。
 
ボーンボーン
柱時計が16時を示していた。
此処にきたのは確か14時40分位だった筈。
もう彼是2時間近くは経過している。
 
万が一の願いを込め、携帯を見てみたが、
矢張り竜崎からの連絡は無く掛けてみても呼び出し音がするだけだった。
 
「竜崎…」
お願いだから、早く無事に帰ってきてくれ。頼む。
 
祈る気持ちで前に手を組み其処に額をつけた。
 
コンコン
扉の向こうからノックがする。
はい、と答えるとワタリさんで
 
「先程竜崎から連絡が入り、用事が済んだとの事。
今竜崎を迎いに行きますので、すいませんが屋敷の方お願い致します」
との事だった。
 
「解りました。ところで竜崎は何処に居たのですか?」
僕の質問に、それがと珍しく言葉を濁した。
「住所だけいって切ったのです」
「住所ですか?」
 
奇怪だな。迎えに来させるのなら居場所を言えばいいものを。
「すいません。其処の住所を教えて頂けませんか?」
ワタリさんは竜崎が待つ住所を教えてくれた。
其処は此処から2つ離れた区の住所だった。
 
「それではお願い致します」
そういい残しワタリさんは竜崎の許へと車を飛ばした。
 
 
 
数十分後外からバンと車のドアが閉まる音が聞こえた。
大きな窓から見下ろしてみると案の定竜崎達で、洋館に戻ってきた。
端から見て怪我などしている様子が無い事に安堵した。
 
「お帰り竜崎」
ワタリさんから聞いていたのか、僕が部屋に居ても驚いた様子を見せず、
僕の前に腰を下ろした。
 
「心配したよ。何故何回も電話したのにでないんだ?何処にいた?」
僕は冷静な口調で竜崎に畳み掛ける。
落としていた視線を上げ、僕の目を覗き込む。
真っ黒な硝子玉のような目。
その目が少し動いた。
「夜神君のお父さんにお会いしていました」
「父さんに…?」
予想外な返答に驚く。
「父さんに会うのならどうして僕に連絡した?
何故電話に出なかったんだ?それぐらい出れる筈だろ?」
少し感情的に矢継ぎ早に問う僕と無表情な竜崎。
 
丸で僕のどれ程心配していたなんて知るよしも無い顔。
 
僕の気持ちなんて少しも竜崎に伝わらないんだ…。
初めて胸が潰される程の思いをしたのに…馬鹿みたいだ…
 
先迄の気持ちと同じ位に怒りが込み上げてきた。
 
「…答えろよ」
怒気を孕んだ声。
でも竜崎は表情を変えず、そんな僕を見る。
「先の質問の答えは言えません」
竜崎の返答にカッとし、彼の襟首を掴む。
 
「何故?父と会っていた事は言える癖に
電話してきた事と出れなかった事は言えないんだよ!」
 
竜崎を睨み付ける僕と黒いビー玉のような瞳でその僕を見詰め返してくる。
何もかも見透かされているような黒い瞳。
そこに吸い込まれるように、僕は竜崎に口づけていた。
 
ビクンと竜崎の肩が揺れ、僕は襟首に回していた手を肩へと回した。
押さえ付けるようなキス。
震えるように唇を離すと、竜崎は目を見開いた侭だった。
 
途端いたたまれない気持ちに僕は席を立った。
逃げるように部屋を出ていこうとしたら、後ろから名前を呼ばれた。
 
「これは何ですか?私への嫌がらせですか?」
見当違いな竜崎の言葉に違うと強く否定した。
 
本当は言いたくなかった。言ったらもう側にいれなくなるから…
けどこの状況なら言っても言わなくても同じだ。
 
どうせ側にいれなくなるなら…
 
「僕は竜崎の事が好きなんだ…何時からとか解らないだけど…好きなんだ…」
 
竜崎は僕の告白を聞いても顔色一つ変えない。
長い沈黙が部屋を包む。
決定的な返事を聞きたく無い僕は手前の扉に手をかけた。
 
「夜神くん」
名前をもう一度呼ばれ、僕は身動きが取れなくなった。
何時から僕はこんなに臆病になったんだろう。
 
ガタンと音がして、ペタペタと歩く音が少しずつ近付いてくる。
その音が近付いてくると徐々に震えが起き始めた。
 
腕を捕まえられ、竜崎の方に向かされる。
目を反らす僕の顔を掴み、竜崎は舒に口付けしてきた。
 
「!」
驚くのは僕の番で目を閉じずにいた。
口付けの中視線が合う。
恥ずかしくなった僕は竜崎の肩を放す。
 
「どうして…」
同じ質問を今度は僕がした。
竜崎は少し考え、もう一度して見たかったからですと答えた。
 
「私は今までそういう対象に見られたことがありません。
そういう対象にみる人と口付けるとどうなるのか気になり、してみました」
 
試すみたいな言葉に、気持ちが少し逆撫でられた。
 
「で、どうだった?してみて」
突き放す口調で問うと竜崎はニヤと笑う。
「続きをしてみたくなりました」
竜崎は誘うような口調で言う。
彼の気持ちが解らない僕は苛立つような仕種で彼を押し倒した。
 
「やってやるよ、その続きを」
上から見下ろす僕に竜崎は一言。
「宜しくお願いします」
僕は覆いかぶさるように彼を抱いた。

 

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