「どうぞ夜神さん」
助手席の扉を開けワタリさんは待っていた。
「本当にすみません」
僕は頭を下げて車内に乗り込んだ。
「いいんですよ」
人好きする笑みを浮かべ、扉を閉めると運転席へと回った。
その時ふと頭上に視線を感じ、僕は見上げた。
視線の主は竜崎で、彼はあの自室の窓から少し身を屈め、
口に指を当てて僕を見詰めていた。
 
本当に不思議な男だ。
歳だって僕とそんなに変わらないだろう。
それなのに10年以上も前から探偵業をし
捜査にも協力しているという。
 
それに僕の隣で運転をしているこの老人も不思議だ…
あの広い洋館を一人で切り盛りしているようで、
一体どこにそんな力があるのかと思ってしまう。
それにあの広い屋敷。
あの屋敷でこの老人と竜崎は二人暮しなんだろう…
なのに、あの広さ。捜査をする為だけに借りたのなら
何故あの屋敷じゃなければならなかったのか…
 
そして13年前の事件との一致と犯人の言葉…
10年後楽しみにしていろと言っていた…
何故10年後だったのか?
そしてそんな大々的事件を何故僕は知らないのだろう…
模倣なら一緒に報道されていてもおかしくないのに…
 
 
 
「夜神さん、着きましたよ」
ワタリさんの声で思考が遮られた。
「あっすいません。こんな近所なのにわざわざ送って頂いて
本当に有難うございます」
僕は一礼し、車を降りようとした。
その時ワタリさんが引き止めた。
何かあったのだろうか…
 
「どうかしましたか?」
僕が問うとワタリさんは竜崎の事なのですが、と口を開いた。
 
「彼は単独でよく捜査をする為余り人馴れしていません。
もしかすると夜神さんともぶつかってしまう事もあるかと思います。
そうなった場合彼に愛想尽かさないで頂きたいのです。
こんな事私がいうのもあれなのですが」
 
この老人は本当に竜崎の事を大事に思っている。
もしかしたら孫とか何かの肉親なのかもしれない
 
僕は解りましたと答えた。
 
「ですから心配しないで下さい」
そう言うとワタリさんは有難うございますと小さく呟いた。
 
 
 
 
 
彼と共同で捜査をするようになって数日が起つ。
家族には友人の家に行って勉強している事になっている。
学業を熟し半探偵業も熟す。
この二足の草鞋の生活は疲れるもののとても充実している。
そしてワタリさんが言った通り、
僕と竜崎の間で何度か小さな衝突があった。
だがどれも大きなものへと変わらなかったのは
ワタリさんの言葉と
僕の気持ちだ。
 
僕は徐々にこの探偵に惹かれ始めている。
何処になのか、何故なのかは解らない。
竜崎は相手の居場所を突き止める為なら手段を選ばない。
一歩間違えれば犯罪に繋がる事だってやろうとする。
大抵この事で諍いが起きるのだが…。
 
でもそんな大胆不敵な竜崎に惹かれ始めているのは事実なのだ。
出来るなら、彼の根底に在るものを覗いてみたい。
 
彼の全てを知りたい。
彼の全てを取り込みたい。
そんな危ない妄執に捕われる事も屡だ。
 
「夜神君」
「えっ」
 
危ない。今は捜査中だ。
頭の中を切り替えろ。
 
「どうした竜崎」
妄執を押し殺し、平静を装う。
僕の心や思いを覗き込もうとするように
竜崎の大きな目が僕を凝視する。
そんな目に曝され内心穏やかではない。
 
本心など意地でも出してなるものかとポーカーフェイスを気取る僕と
見詰める竜崎。先に視線をずらしたのは竜崎だった。
 
「実はこれなんですが」
 
そして一枚の紙を差し出して来た。
その紙に此処の一帯の地図が印刷されており、
矢鱈と黒い点々が多い。
 
「事件が起きた場所を黒く塗り潰してみました。
で、この点を結んでみると…」
 
ボールペンを紙の上で走らせる。
するとある文字が浮かんできた。
 
紙に浮かんだ文字
 
「……月?」
 
紙面には歪だが、《月》という漢字が浮かび上がっていた。
 
「どういう事なんだ…」
どうして《月》なんだ?
一体事件と何の関係が…?
 
「…私の考えなのですが」
紙面を見詰めながら竜崎はゆっくりと口を開いた。
 
「前話した月の満ち欠けと関係があると思うのです」
 
そういえば会った当初そんな話をしていた。
だがそれだけだったら単略的なような気がする。
 
もっと別な意味が…
 
竜崎の顔を覗き見る。
表情は変わって無いものの本人も納得いく答えじゃないようだ。
一瞬竜崎の口が動いた。
だがはっきりと動かなかったので読み取れなかった。
重たい沈黙が部屋を包む。
その時柱の時計が静寂を破った。
 
竜崎と一緒に視線を移す。
時刻は22時を示していた。
 
「もうこんな時間か…」
 
「今ワタリを呼びます」
内線を押そうとする竜崎を呼び止める。
 
「何時も、何時もじゃ悪いから、今日は歩いて帰るよ。
どうせ此処からだと歩いて10分位の距離なんだし」
 
そういうと竜崎の表所があからさまに変わる。
険しい顔つきで僕の名前を呼ぶ。
 
「毎回毎回同じ事を言わせないで下さい。
今貴方は何の為に此処にいるのですか?
この周辺の事件を解決する為に此処にいる筈。
そんな貴方が帰り道事件に巻き込まれたら、
ミイラ取りがミイラになるだけです。
それを未然に防ぐ為にこうしているのです。
変な気遣いは結構。逆に迷惑です」
 
何時もより強い口調で言われ内心腹立つが、
確かに巻き込まれる自信が絶対に無いとは言えないので黙る。
 
僕の沈黙を了承と得たのか、竜崎は内線を押し、
ワタリさんに車の手配を頼んだ。
 
 
 
 
 
 
家の者に怪しまれないよう、
少し手前で車を停めてもらい下りた。
 
「本当に何時もすいません」
僕が頭を下げると、相手はいえいえと首を横に振る。
「こちらこそ協力して貰っているのですから、お気になさらず。
それでは又明日に」
 
そう言って軽く頭を下げ、車を走らせていった。
 
「……」
その車が小さくなる迄見届けて、僕は家路へと着いた。
 
 
 
「ただいま」
玄関を開けると何時もより靴が一足多い。
(父さん帰ってきているのか…珍しい)
 
一階奥が父の書斎となっている。
きっとこの時間だ、父は書斎にいるかもしれない。
 
廊下を進み、書斎の前に立つと案の定人の気配がした。
ノックをし、扉を開けると椅子に座り新聞を読んでいる父が居た。
 
最近例の事件で忙しい為か若干窶れた気配がする。
「お帰り父さん。帰ってこれるなんて珍しいね。
捜査に進展でもあった?」
 
僕の問いに父は渋い顔になり、横に首を振った。
今父が追っている事件は僕と竜崎が追っている事件と同じだ。
 
ワタリさんによって推理した内容や状況を逐一報告している筈なのだが、
矢張警察も未だ犯人の居場所等割り出せて無いようだ。
 
「最近缶詰状態が続いていたから長官が見兼ねて帰してくれたんだ」
 
「そうか…」
 
何時もだったら先みたいな質問をしたら多少捜査状況を話してくれるのに、
今回は何も言わなかった。
 
父はこの事件について多くは語りたく無いようだ。
 
此処で竜崎との事を言ってしまおうか。
そうすれば今の事件の警察側の犯人の目星、13年前の事件の事、
上手くいけば竜崎の事だって知る事が出来るかもしれない。
それに父は警察の人間だ。何れはばれてしまう。
僕は意を決し父に竜崎の事と捜査協力への経緯を話した。
父は驚いた表情になったが、静かに僕の話を聞いてくれた。
 
聞き終えた後父が小さく、そうかと呟いた。
 
「だから、今警察側が何処まで捜査を進めているのか把握したい」
警察だって竜崎や僕の推理や捜査ばかりを当てにしている訳ではないだろう。
警察独自の捜査や見解だってある筈だ。
 
小さな事でもいい、ヒントが欲しい。
 
父は渋い顔の侭、それは出来ないと言った。
 
「確かに月の言い分は解る。だが幾ら協力しているからと言っても
お前は民間人だ。そう簡単に捜査機密事項等教えられない」
 
「……」
父の言い分も解る為何も言えない。
竜崎に朗報を持って行きたかったが仕方が無い。
諦めるか。
 
「解ったよ、父さん。我が儘言って御免」
「いや、いいんだ。それにしても竜崎がお前と組むとはな…」
 
父の口から竜崎の名前が出て来て反応する。
 
「父さんは竜崎を知っているのか?」
「あぁ。知っているし会った事もある」
 
父は顎を触りながら、思い出すように語った。
 
「昔、今と同じように捜査依頼を出して、一緒に捜査した事がある。
何でもその依頼が初仕事だったようだ。
月、その時お前も会っている筈だ」
 
昔…多分13年前の事件の話だろう。
その時、僕は竜崎に会った事がある…。記憶に無い。
あんな特徴的なヤツ、一度会ったら忘れる筈が無い…なのに。
 
警察管内は有り得ない
だとしたら家か?
 
一生懸命記憶の糸を手繰り寄せても
それらしい情報は得られなかった。
 
突然父の携帯が鳴り、緊迫とした面持ちで父が出た。
微かに聞こえる相手の声。
父の部下の松田さんだ。
 
「あぁ、そうか。解った。今からそっちに向かう。
皆に手筈通りにと伝えてくれ」
 
電話を切ると直ぐ、警察に向かう支度をし始めた。
 
「事件に少し動きがあった。悪いが行って来る。
母さんや粧裕にそう伝えてくれ」
「父さん、僕も」
「こんな遅くに無理だ。それにお前の本分は事件の捜査では無い。
学生だ。明日の為早く寝なさい」
 
そう言い残し書斎の主は出ていってしまった。
僕は諦めて、自分の部屋へと歩いていった。
 
 
 
ベッドに潜るなり、先父から聞いた言葉を思い出す。
 
『月、その時お前も会っている筈だ』
 
「………覚えてない」
 
思考がぐだぐだと塒を巻くのを感じながら、
僕はその夜眠れなかった。
 
 
 
 
 
重たい頭で授業を受けるが、一向に頭に入ってこない。
これは可成やばい状況だ。
 
(終わったら少し外の空気でも吸ってくるか…)
 
授業終了の合図と共に、教室を出て、屋上へと足を運んだ。
 
「よっ」
扉を開けると行き成向こうから声をかけられた。
 
先に友人がいたようだ。
 
「お前か…」
僕はヤツの隣に行き、他愛の無い話をした。
 
 
終了時刻も押し迫り、教室に戻ろうとしたその時、携帯が震えた。
誰からだと思い、制服から取り出すとそこには意外な人物の名前が。
 
(竜崎…)
 
急いで出たがちょうど切れてしまい、僕はリダイアルボタンを押す。
 
何度コールを鳴らせど、相手は出ず、嫌な焦りが募る。
 
(もしかして何かあったんじゃ…)
 
相手を追い詰める為なら自分の危険をなど省みず犯罪紛いな事だって
平気でやってしまう奴だ。
僕は居ても立ってもいられなくなり、
電話を切ると友人に早引きすると伝え、急いで竜崎の屋敷に向かった。

 

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