洋館の扉に触れると向こうから開いた。
一瞬驚き、肩が揺れた。
扉の向こうにはスーツを着た温和そうなご老人が出迎えてくれた。
「お待ちしておりました、夜神さん。上で竜崎がお待ちです」
「夜神って…どうして僕の名字を?」
僕が質問すると老人はニコリと微笑むだけで答えない。
「さあ上へ」
それが老人の答えなのだろう。
上に居る男、老人は竜崎といっていた、そいつに会えば答えが解るのだろう。
僕は老人の後に続き、二階へ上がった。
建物の老朽化は進んでいたが、外見とは裏腹に中は思ったよりも綺麗で、
かび臭くも埃臭くも無い。至る所には品のいい調度品が飾られている。
(ハウスキーパーか何かを雇っているだろうな)
だったら庭も綺麗にしたらいいのに、と失礼だが少し思ってしまった。
「竜崎、夜神さんをお連れ致しました。」
老人が呼びかけた部屋の扉は、他の部屋の扉と違って重厚な作りになっていて、
多分この屋敷の中で一番金がかけられた部屋なのだろう。
「はい、解りました。ワタリは下がって下さい」
飄々とした男の声。
その男の声に従うようにワタリと呼ばれた老人は
ごゆっくりと言い残し去って行った。
一人扉の前で立ち尽くす僕。
扉の向こうから男の声がした。
「夜神君、どうぞ」
「えっ、あぁ…失礼します」
男の声に従い僕は扉を開けた。
見事なシャンデリアに
品のいいシンプルな調度品
何千万はするだろうアンティーク。
フカフカの絨毯。
その中に不釣合いな男が居た。
髪はボサボサで、目はギョロリとし隈が濃く、痩せた体躯に猫背。
服装は白い丸首の長袖シャツにダボダボのジーパン
この男に間違えない。アレの正体だ。
対じした僕に男は、初めましてと声を発した。
「私は竜崎といいます」
「あっ僕は」
自分も自己紹介をしようとしたら男は被せるように
夜神月君ですねと言った。
「どうして僕の名前を知っているんだ?」
先から疑問に思っていた事を問質す。
男は一枚の紙を僕に見せた。
その紙には僕の写真に名前、住所、学校名に家族構成が書かれていた。
他人に知らぬ間に知られている自分の個人情報。
不快な感情が込み上げてきた。
「どうしてこんな事調べるんだ?プライバシーの侵害だ」
その紙を奪い取り男の前で破り捨てた。
先迄のドキドキ感は嘘のようで、今は不快感しかない。
竜崎は何とも思ってないのか、変わらぬ表情で
「夜神君に興味があったので少し調べさせて頂きました」
と答えた。
そんな理由だけで此処まで調べられたら堪ったもんじゃない。
「ふざけるな。気分を害した。帰らせてもらう」
身を翻し扉に手をかけると竜崎は待って下さいと制止の声をかけた。
まだ何かあるのか?
僕はうんざりとした気持ちで振り返った。
「夜神君のお父さんは警察庁の局長なんですよね」
「そうだよ。君が僕に見せた紙にも書いてあっただろ?」
「夜神君はお父さんに助言し何回か事件を解決に導いた事があるそうで」
其処迄調べているのか…気味が悪い。
「そうだよ。それがどうしたって言うんだ」
「その力を是非私にも貸して頂けませんか?」
「どういう事だ?」
この男は何者なんだ…?
僕の表情を見て察したのか竜崎は探偵なのだと身を明かした。
「探偵?」
この男が?
外見で判断してはいけないがそうは見えない。
「はい。此処最近この近所で強盗、放火、殺人と
色んな事件が立て続けに起きています。その事はご存知で」
「あぁ連日トップニュースだからね」
「この事件について警察から要請を受け、今捜査をしているのです。
そしてある事に気付きました。このバラバラにも見える事件、
実は一本の線に繋がっているのではないかと」
「それは…面白いね。どうして繋がっていると思うだい?」
少しだがこの男に興味が湧いてきた。
「共通点があります」
「共通点?それは何?」
竜崎はニタリと笑う。
「犯行時間と曜日です」
「犯行時間と曜日?それは単なる偶然じゃないのか?」
「いいえ、此れを見て下さい」
竜崎はペタペタと歩いて、椅子に座ると豪奢な机の上に有る
ノートパソコンを操作し始めた。
僕はその後ろからモニターを覗いた。
其処には時間ごとの統計グラフと曜日ごとの統計グラフと
月ごとのグラフが並べられており、
確かに竜崎が言うように曜日と犯行時刻が偏っている。
「時刻は大体午後10時から朝方の3時の間、
曜日は火曜日と木曜日と土曜日に多発しています」
「確かにそうだね」
「月は此れを見て何か解りますか?」
「……」
この周期で解る事…3ヶ月前は火曜日…2ヶ月前は木曜日…
先月は土曜日…どれも午後10時から翌朝の3時の深夜帯…
潮の満ち引きとかか?…
あれは月と太陽の引力で起きる事…
だとしたら最初に犯行が起きた時の月の形は…
上弦だった。時刻は満潮時だ。という事は
「月の満ち欠けと潮の満ち引きという事か?」
竜崎が又ニタリと笑った。
「正解です、流石夜神君。
この事件は月が上弦、満月、下弦の時に起きています。
上弦は強盗、満月は放火、下弦は殺人と分けて犯行に及んでいます。
周期は1ヶ月起きに変わっています。
そして時間は大体満潮の時刻の間に行われています。
そして哺乳類というものは不思議な生き物で満月の時が、
一番気分が高揚するというデータがあります。
ですからこの犯人は一番罪が重いとされる放火をしています。
まぁこの放火で死んだ方は今の所12件中4人ですが」
確かに竜崎の推理は的を得てる。だが
「だからって同一犯の犯行と到底思えない」
「いいえ、これは同一犯の仕業です」
僕の答えに竜崎は確信を持った口ぶりで僕の答えを否定した。
「どうしてそんな事が言えるんだ?」
その自信は何処から来るものなのか?
竜崎は視線をグラフから一切ずらさず、僕の疑問に答えた。
「昔、といっても13年前の事です。
この近所でこの事件と同じようなモノが多発しました。
その時も犯人は多数いると言われていましたが
結局一人の男の単独犯でした。
その時取ったグラフとこのグラフが一緒なのです。
この犯人、最後は男の子を誘拐し、1週間位監禁し殺そうとした所を
突入した警官に取り押さえられ逮捕されました。
だが、護送中に逃亡を図り、今も行方不明とのこと。
夜神君はこの事件の事を知りませんか?」
13年前…僕が4歳の頃の話だ…
でもこんな大きな事件聞いた事が無い。
「知らないね」
モニターを見詰めていた竜崎がぐるりと振り向き僕を見る。
探るような視線が僕を包む。
居心地が悪い。
数秒見詰めた後又くるりモニターの方へ身体を向けた。
「そうですか。私は今回のこの事件も彼が犯しているのではないか
と思うのです」
「どうしてそう思う?その事件の模倣犯かもしれないじゃないか」
僕の言葉に竜崎はいいえと頭を振る。
「実はその時の事件、犯人を絞り当てたのは私なんです。
彼が捕まるその現場に私は居合わせました。
警察に連れて行かれる瞬間彼は私に言いました。
10年後楽しみにしていろと。そして彼は逃亡しました。
ですから、これは彼の犯行なんです」
この男、そんな昔からこんな生業をしていたのか?
「でも先の答えを聞いて益々力を貸して頂きたい
気持ちが高鳴りました。
どうです、捜査引き受け貰えないでしょうか?」
確かに竜崎の推理が当たっているのなら
この事件は可也面白そうだ。
この退屈な日々も打開できそうな気がする。
それに自分を探偵だと言うこの男にも少し興味がある。
「いいよ。協力する。力になれるならね」
「有難うございます。大変助かります」
椅子ごと振り向いた竜崎は手を差し伸べていた。
握手って事か。
僕はその掌に触った。
ひんやりとして丸で体温を感じない。
本当にアレみたいだ。
僕は噂を思い出しつい小さく笑ってしまった。
僕の様子を怪訝な表情で見詰める。
「何か可笑しい事でもありましたか?」
「いや、君がこの近所で何て呼ばれているかって
事を思い出してね」
「何て言われているのですか?」
「幽霊だよ」
僕の答えに顔を顰めた。
「……嫌な言われ方ですね」
「でも当たらずとも遠からずだ」
僕の言葉に小首を傾ぐ。
「君の手はとても冷たい。
丸で生きた人間の温度じゃないみたいだ」
今度は憤慨した顔つきに変わり、
夜神君は失礼だと呟いた。
「御免、御免」
笑う僕に未だ顔を顰めている竜崎。
最初は飄々としたヤツだと思ったらそうでもない。
この男と居ると飽きが来ない。
すると柱の時計が行き成りなった。
時刻を見ると、10時を過ぎている。
親にも連絡を入れず可也長居をしてしまった。
心配症の母だ、きっと何回も携帯に連絡を入れているに違いない。
僕は慌てて鞄から携帯電話を取り出し、着信履歴を見た。
だが、何も連絡が入っていない。
僕の行動を見て察した竜崎は、先に連絡を入れときましたと言った。
本当に手回しがいいことだ。
「では家迄ワタリに送らせます」
「ワタリさんってあのご老人だろ?いいよ、一人で帰れるよ」
僕は竜崎の申し出を断るといいえ、送らせますと頑なに言った。
竜崎から一歩も譲る気配を感じない。彼は頑固者なのかもしれない。
「解ったよ。それじゃあお願いする」
僕は渋々折れて、彼に賛同した。
すると竜崎は部屋にある内線でその旨を伝え、
受話器を下ろした。
「後数分で用意が出来ますのでこの侭待っていて下さい」
「解ったよ。それにしても竜崎、この屋敷は凄いね。
これは君の持ち家か?」
僕は先から興味があったこの屋敷について彼に聞いた。
「いいえ、これはこの捜査の為に借りました」
「借りたって?この屋敷を?」
驚く僕にえぇと普通に答えた。
「あの調度品やアンティークとかは?」
「あぁ、あれはこの屋敷に合うように設えました」
「………」
最早言葉を失った。
この男、若しかしてとんでもない金持ちなのか?
そういえば金持ちは服装に無頓着になると
前誰かに聞いたことがある…
だから、こんなだらしない服装なのか
「どうしましたか?」
黙る僕に竜崎は声を掛けてきた。
「いや、君と僕じゃ住む世界が違うなって思って」
「そんな事ないですよ」
見れば一目瞭然じゃないか
そんな浮ついた謙遜なんていらない。
「竜崎、支度が整いました」
数回のノックの後、扉の向こうからワタリさんの声が聞こえた。
「では、夜神君又明日この屋敷でお会い致しましょう」
「そうだね。明日は今日より早く着くと思うけどいいかい?」
気持ちを抑え、何事も無かったかのように答える。
「えぇ、別に構いません。私は一日中この屋敷に居ますので」
僕の気持ちなど向こうは気付いていないみたいだ。
「そう、解ったよ。明日から宜しく」
僕が笑いかけると、竜崎も少し口の端を上げた。
「こちらこそ宜しくお願い致します」
「これ以上ワタリさんを待たすのは悪いから行くよ」
そういい残し踵を返す。
扉に手をかけ、ところでと振り返る。
「どうかしましたか?」
「ハウスキーパーを雇っているのなら、
庭師も雇ったら?あの庭はどうかと思うよ」
少し腹の虫は収まっていなかった僕は奇襲攻撃とばかりに言った。
竜崎は少し天井を見上げ、飄々とした口調で答えた。
「あれは態とです。ああしたのは捜査をしている事がばれては
まずいので、外見は弄らないでおいたのです。
それにハウスキーパーなど雇っていません。
あれは全てワタリがしているのです」
今度こそ僕は本当に開いた口が塞がらなくなった。
あのご老人は果たして何者なんだろう。
竜崎を一体どうゆう関係なんだ?
不思議な洋館に不思議な人間関係を持つ二人。
そして不思議な事件の捜査。
どうやら本当に退屈しなさそうだ。